| 2025年 トルコの旅 |
| 1.スケジュール |
出発: 2025年5月11日〜20日
| 月日 | スケジュール | 宿泊ホテル |
| 5月11日 | 成田発11:15(定刻10:30より50分遅れ)着10:56 51 フライト時間13時間10分 イスタンブール着18時21分(定刻17時45分)インスタンブール空港発19:40 バス イスタンブール新市街 ホリディ イン着20:18 |
ホディ イン イスタンブール |
| 5月12日 | ホテル発8:30 バス(156Km) ブルサ着10:50 ブルサ市内観光(ウルモスク、 イェシルジャーミィ、シルクバザール) 昼食 バス(270Km) アイワル着17:00 |
グランド テミゼル |
| 5月13日 | ホテル発8:00 バス(250Km) エフェソスのレストラン着12:20 昼食 エフェソス遺跡 観 エフェソス発15:30 アルテミス神殿跡 バス(185Km) パムッカレのホテル着18:00 |
ポラット サーマル |
| 5月14日 | ホテル発5:00 バス バルーン打ち上げ場所へ バルーン上空へ5:50 【パムッカレの上空バルーン散歩】 バルーン着陸6:30 バス ホテルへ朝食 ホテル発8:15 パムッカレ観光 ヒエルポリス遺跡観光 昼食 バス(410Kmコニャまで) ペイシェヒル着 エシレフォールモスク観光 コンヤへ |
グランド ホテルコンャ |
| 5月15日 | ホテル発8:40 バス(230Km) 途中 キャラバンサライ到着10:10 カッパドキアレストラン着12:20 カッパドキア観光(地下都市、ローズバレー、ラクダ岩、鳩の谷) ホテル着17:10 |
ムディーシー カッパドキア |
| 5月16日 | ホテル発4:10 バス バルーン打ち上げ場所へ バルーンで上空へ4:55 【カッパドキアの上空バルーン散歩】 着陸6:00 バス ホテルへ 朝食 ホテル発 三姉妹岩 トルコ絨毯店(2時間超え) レストラン着12:15 昼食 ギョレメ野外博物館着13:30 観光 博物館発14:50 陶器店(1時間) バス キノコ岩到着16:00 遠景写真撮影 ホテル着16:50 |
ムディーシー カッパドキア |
| 5月17日 | ホテル発9:50 バス(70Km) カイセリ空港へ カイセリ空港着10:50 カイセリ発13:20 TK2015 インスタンブール着15:00 バス 旧市街へ グランドバザール着17:20 観光 グランドバザール観光終了18:30 ブルーモスクとアヤソヒア寺院の夜景を見ながら夕食 バス イナターコンチネンタルホテル着21:00 |
インターコンチネンタル イスタンブール |
| 5月18日 | ホテル発9:15 バス ボスボラス海峡クルーズ発9:25(貸し切り) 終了10:25 トラムで移動 ブルーモスク着10:54 観光 終了11:40 徒歩移動 地下宮殿着12:05 観光 地下宮殿観光終了12:25 徒歩 レストラン着12:32 昼食(地下宮殿風) トプカプ宮殿見学14:10(クルーズ船2隻の観光客で大混雑) トプカプ宮殿観光終了15:40 アヤソフィア見学16:05 終了16:40 バス ホテル着18:00 ホテル最上階のレストランでホスボラス海峡の夜景を見ながら夕食 |
インターコンチネンタル イスタンブール |
| 5月19日 | ホテル発9:15 バス イスタンブールのガラタポート(クルーズ船接岸) ガラタポート発10:30 バス 空港着11:20 イスタンブール発17:20(定刻15:50) TK50 飛行時間11時間15分 |
帰中泊 |
| 5月20日 | 成田着10:11(定刻は9:05) 自宅着13:30 | 帰国 |

| 5月11日 |
| 1. 5月11日 成田からイスタンブールへ |
成田発10:35 トルコ航空(TK51便)でイスタンブールに向かう(集合は成田8時5分)
しかし、到着が遅れ50分遅れの11時15分となった。フライト時間は13時間10分


■ 昼食
布袋の中には温められたパン。
ロウソクのように灯る(電池式)

クックが乗っている

好きなものを配膳してくれる

スープ

ごはん

味噌汁(塩っぱい)


チャイ

■着陸前の食事
オムレツ

魚料理

| 2. イスタンブール到着 |
イスタンブーの新空港のは18時21分に到着(定刻は、17時45分)。
新空港は、イスタンブールのヨーロッパ側 広い空港
にある
イスタンブール市内からは、車で小一時間
電車、路線バスもないので巨大駐車場

イスタンブール市内は、新市街行きが大渋滞 ビザンチ時代の城壁

イスタンブールの旧市街にある ホテルにはプールもある
ホリディ イン ホテルに到着(20時20分)

| 5月12日 |
| 3. イスタンブールからブルサへ |
ホテルの部屋から。カモメとボスボラス海峡 ホテル前の道路。トラムも運行されている

ホテルを8時30分に出発 ビザンチン時代の城壁

日本のODAで建設された第二ボスボラス大橋 オスマントルコ時代時代に4か月で作った城塞
全長1510m、8車線

オスマン・ガーズイー橋(全長2682m)
2017年完成、世界で4番目に長い

| 4. ブルサへ |
オスマントルコが1326年が最初に首都を築いた古都。
チャイを樹の下で注文

チャイのオープンカフェ バザ−ルの入口


キャランバンサライ。HANは、昔のキャラバン(隊商) 内庭は、ラクダをつなぎ人は、周りの宿宿泊

トルコ コーヒー店

| (1)ウルモスク |
オスマン帝国代4代の皇帝のバヤジット1世によって1396年から
1399年にかけて建設された。20個のドームが並列するように天井
を構成しているセルジューク方式
モスク内部にも泉亭がある。 メッカの方向。右側には説教用の階段


大変広い



| (2)イェシルジャーミィ |
イェシルジャーミィーは、ウルの山麓に広がる 世界遺産の表記
緑多いブルサの街はずれにある
階段を登る コンヤのメラベーメ教団。一晩中踊リ陶酔する
現在は、政府から禁止されている

モスクの入口 モスク内部に泉亭

緑モスクと言われる様に青いタイルがふんだん 左がアラー、右がマホメッド書かれている
に使われている

アラーと記載 マホメットと記載

小学生が先生に連れられて校外学習

| (3)昼食 |
緑モスクのすぐ横のレストランで昼食 ブルサの平地は、新しい工業団地の自動車工場等が並ぶ
山麓には昔からの古都が発展

スープ サラダ

ケバブの肉を白いヨーグルトに混ぜて食べる バクラヴァ:薄く伸ばしたパイ生地を何層にも重ね
ナッツやピスタチオを挟んで焼きシロップをかけたもの

| (4)アイワルクへ |
ブルサからアイワルクまで270Km
高速道路走る 整備された畑が続く

地中海沿岸のアイワルクのグランド テミゼル ロビー
ホテに到着

プールもある 地中海(ホテルのプライベートビーチ)

犬も散歩 白い建物がホテル

ホテルのプール(6月になると混雑) 宿泊の部屋

夕食はビュッフェスタイル


夕日に沈むプール 月とその光がが地中海に反射。海岸線の宿の灯りが見える
| 5月13日 |
| 5. エフェソスへ |
明けの明星と夜明け レストランでの朝食


| (1)アイワルクからエフェソスへ(250Km) |
アイワルクホテル発8:00 イズミール(トルコ第3の都市)

トイレ休憩に立ち寄った店で売っていた、おにぎりと寿司

| (2)エフェソスのレストラン(昼食) |
レストラン入口

スープ サラダ

マス デザート

| (3)エフェソス遺跡 |
エフェソスは、紀元前6千年前には周辺に住んでいた。最初の住民は
ギリシア人ではなかった。鉄器を発明したヒッタイトもこの地ではないかと
言われている。紀元前2世紀に共和政ローマに入り、港湾都市として繁栄
イエスの母、マリアもこの地で余生を過ごしたと言われている。教会もある
2世紀に建設されたローマ方式公共浴場

下水管(紀元前後) イオニア様式の石柱

プリタネイオン紀元前3世紀に作られた
エフェソス市議会の会場や音楽ホール
1500人収容のホール

病院 エルメスのレリーフ(商売の神、羊飼いの神)

ドミティアヌス神殿、皇帝ドミティアヌスを祭った メミウスの碑、三代にわたってエフェソスを支配した権力者

勝利の女神「イケ」の像(NIKEの原点)
左手に月桂樹の冠を持つ

クレテス通り
ヘラクレスの門

トラヤヌスの泉(紀元前104年の建造)

モザイック画 ハドリアヌス神殿


水洗トイレ(便座暖房付)利用前に奴隷が温める

図書館

図書館の内部

紀元で人口20万人の大都市 クルーズ船の観光客も帰り静けさを取り戻した
ここから港跡まで下っていくが、 ただし、帰りは上り坂
途中の5万人収容のホールが
修復工事のため ここで引き返す

行きに見れなったプリタネイオン ライオンの足の階段
1500人収容のホール、会議場

| (4)アルテミス神殿跡 |
紀元前700年頃立てられた神殿。3度破壊され3度建て替えられた世界7不思議の1つ

コウノトリが巣を作り、ひながいる

| (5)パムッカレへ |
パムッカレまで185Km
パムッカの グランド テミゼル ホテル着18:00 ロビー

レストラン(ビュッフェ)

| 5月14日 |
| 6. パムッカレをバルーンで空中散歩 |
ホテルを午前5時に出発。バルーンの打ち上げ場所へ

バルーンの打ち上げ準備

バーナーに点火して、バケットに乗船(14名全員)


石灰棚の上を飛ぶ ヒエラポリスの遺跡の上

石灰棚の上(10年前ぐらいから吹き出す温泉水が減少、観光用に少量放出)
大半は、白い。かっては、青い水が一面にたまり、自由に歩くことができた


たくさんの気球が飛んでいます



6時30分 無事着陸 無事着陸を祝いシャンパンで乾杯
パムッカレのバルーン乗船証

車でホテルに帰り、朝食を摂りパムッカレの観光へ
| 7. パムッカレ観光後コンヤへ |
| (1)ヒエラポリス観光 |
ヒエラポリスは、石灰棚丘の一番上にある遺跡。ローマ帝国の温泉保養地
として栄えた。ローマ帝国時代に地震で倒壊したがその後復興したが
1354年の大地震で完全に廃墟とかした
ヒエラポリス観光(世界遺産に説明看板) 入場ゲート

馬車も通った跡も残っている


| (2)石灰棚 |
石灰棚には、大量の温泉水が噴出して、上から下まで数多くの青い池が出来た
観光客は自由に池に入ることができた
今回、噴出する水量が減少して、大半は白い石灰棚。水がない状態が長く続くと
黄色く変色するのを防止するためと観光用に極一部にランダムに温泉水を流している

ここは、はだしだと入れる

裸足だと足うらが痛い


パムッカレからコンヤまで410Km
| (3)湖のほとりのレストランで昼食 |
トルコ風ピザ店

スープ ピザ

デザート

レストランのあった湖のほとりを走る

| (4)ベイシェヒル |
エシレフォールモスク
創建は1296年、外見は石作りに見えるが内部はすべて木造
ミナレットは1本
エシレフォールモスクの入り口 ミナレットは1本

手足を清める洗い場

モスクの内部はすべて木製

構内の湿度を一定に保つために、雪を貯蔵

ジュウタンの横ラインは礼拝時の並ぶ位置

| (5)コンヤのグランド ホテル |
ホテル到着18時30分
コンヤの中心部から離れた大学(生徒数10万人)の隣に建つ高層ホテル
ホテル入口 ロビー

レストラン
14階の部屋 観光バスが10台以上泊っている

夕食はレストランでビュッフェ形式 たくさんの人

| 5月15日 |
| 8. コンヤからカッパドキアへ |
ビュッフェ形式の朝食
| (1) コンヤからキャラバンサライへ |
ホテル出発8時30分
カッパドキアまで230Km
途中キャラバンサライに立ち寄り

コンヤ中心と結ぶトラム コンヤの市街を抜けて行く

バス車内。13名+2名(添乗員+現地ガイド) 大草原の中で羊の放牧

| (2) キャラバンサライ |
保存状態がよいキャラバンサライ ツアーメンバーは、対面にあるお土産店
誰一人道路を横断して来る人なし

キャラバンサライ近くに残っていたシルクロード
(草原の中にある家の前を通る細い道)
さきほどの立ち寄ったキャラバンサライにつながっていた

| (3)キャラバンサライからカッパドキアヘ |
カンガール犬(トルコ固有で国宝) カッパドキアは馬の名産地(モンゴル系統)
この地方が特産

| (4)カッパドキアの昼食レストラン |
レストラン到着12時30
レストラン入口
スープとサラダ

マス デザート


| 9. カッパドキア観光(その1) |
| (1)地下都市 |
地下都市は、ローマ帝国の迫害を逃れここにたどり着いた
初期のキリスト教徒が住みつい最盛期2万人から5千人が生活
地下都市入口 深いところは16層に及ぶ

地下深くに下る 通路は狭い
小さい教会

石臼。小麦をひいた

食品貯蔵庫 ワイン貯蔵庫

敵に攻められた際通路をふさぐ

地下通路は狭い
地下都市を出た場所のおみやげ屋

| (2)鳩の谷 |
ギョレメからウチヒサールまで4Kにわたる渓谷で、岩にくりぬいて作った無数の鳩小屋がある


| (3)ウチヒサール |
ウチヒサールとはトルコ語で尖った砦を意味する。
ウチヒサールは、巨大な岩山を掘って作られた城塞
ここからカッパドキアを一望できる


| (4)ローズバレー |
夕日に岩肌が赤に染まりバラが咲いた様に美しい
| (5) ラクダ岩 |
岩の形がラクダに見える



| (6) エムディーシー ホテル |
カッパドキアの宿泊の洞窟ホテル。

大型バスははいらないため、手荷物のみ持ち
歩いて入る
宿泊の部屋

| (7) エムディーシー ホテル夕食 |

