コーカサスの旅(ジョージア・アルメニア) |
1.スケジュール |
出発: 2017年6月13日〜22日
月日 | スケジュール | 宿泊ホテル |
6月13日 | 羽田集合21:30 | 機中 |
6月14日 | 羽田発0:01 QR813 ドーハ着5:30 ドーハ空港発 ドーハ市内観光 ドーハ空港着11:00 ドーハ発13:10 QR253 バクー経由 トビリシ着19:05 トビリシ空港発 市内の夕食レストラン 経由 ホテル |
ASTORI TBILISI |
6月15日 | ホテル発8:00 バス(8時間の予定) クタイシで昼食 バス ダム湖見学 メスティア着19:00(雨の道路がぬかるみ11時間かかった) |
LILEO |
6月16日 | ホテル発9:00 4WD(たいへんな悪路の上、雨) 約45Km ウシュグリ村着12:00 シハラ山を望みウォーキング 雨のため車中でランチ 【ウシュグリ村散策は写真撮影のみ】 ウシュグリ村発14:00 4WD メスティア着16:50 |
LILEO |
6月17日 | ホテル発7:00 4WD(悪路) チャラディー氷河入り口着7:40 ハイキング開始 チャラディー氷河遠望地着9:20 チャラディー氷河入り口着10:30 4WD メスティア着11:00 メスティアの公園でピクニックランチ メスティア発12:00 バス チャルトゥボのホテル着17:45 |
TSKALTUBO PLAZA |
6月18日 | ホテル発8:30 バス アナヌリ教会付近のレストラン着13:00 バス アナヌリ教会着14:15 観光 アナヌリ教会発14:40 バス(ジョージア軍用道路) 展望台 十字架峠(標高2395m) 鉄分の多い湧水 など見学 カズベギ着17:00 |
ROOMS HOTEL KAZBEGI |
6月19日 | ホテル発9:00 4WD(悪路) サメバ教会着9:30 教会までウォーキング 教会観光 サメバ教会発10:10 4WD カズベギ中心部着10:50 カズベギ発11:10 バス (ジョージア軍用道路) マルコポーロホテル着12:00 昼食 バス ムツヘタのスヴェティツホヴェリ大聖堂着15:00 バス ジュワリ聖堂着16:30 バス トビリシへ 展望台から市内遠望 市内レストランで夕食 ホテルへ |
ASTORI TBILISI |
6月20日 | ホテル発8:00 バス トビリシの旧市内を徒歩散策 トビリシ発8:40 ジョージア・アルメニア国境 サダフロの国境で出国・入国検査 バス ハフパト修道院着12:15 修道院観光 ハフパトのレストランで昼食 ハフパト発14:00 バス セバン湖着18:00 セバン修道院観光 セバン発18:50 エレバンのレストラン着20:10 夕食 ホテル着21:40 |
ANI PLAZA |
6月21日 | ホテル発8:15 バス アララト山ビューポイント経由 ホルヴィラップ修道院着9:00 バス エチミアジン大聖堂着10:40 観光 付近レストランで昼食 バス 文字公園着14:15 アラガツ山ビューポイント バス ガルニ神殿着17:10 バス ゲガルト洞窟修道院着18:00 バス 農家レストランで夕食 バス エレバン着21:15 |
ANI PLAZA |
6月22日 | ホテル発1:00 バス エレバン空港着1:20 エレバン発3:25 QR286 ドーハ着6:10 ドーハ発6:30 QR812 羽田着22:35 |
帰国 |
2. ドーハ |
(1)ドーハ空港見学 |
(2)ドーハ市内ミニ観光 |
気温40℃の外を歩くのはつらい
■ 新市街地遠望
新市街地が見える海岸沿いの場所
右端に離れて建つのは2006年
完成のシェラトンホテル。
■スーク(市場)
スークを見学。ラマダンのためか人は少ない
3.ドーハからトビリシへ |
ドーハで市内観光したため入国審査を受けて、トビリシ行
の飛行機へ
入国審査が終わった場所
ドーハ発13:10のバクー経由トビリシ行に
に搭乗
ドーハを離陸した直後の海 アゼルバイジャンの首都バクーに着陸
アゼルバイジャンはオイルで好景気
高さ700mの高層ビルを建築中
ジョージアの首都トビリシ近郊 これがトビリシ空港
トビリシの空港に着陸 到着ロビーの現地ガイド
トビリシの空港ターミナル。夕立
市内レストランで夕食 前菜的なものが並んでいる
前菜で毎回出されるのが、トマト、胡瓜、タマネギ、香味野菜。
これにチーズ、などボリュームがある
共和国広場(市の中心) 共和国広場近くのホテル
【6月15日】
4. トビリシからメスティアへ |
ジョージアについて
1.人口430万人(トビリシに130万人が住む)
2.面積約7万Ku(北海道の8割)
3.通貨 ラリ(約47円/1ラリ)
4.歴史
・ギリシャ神話にも登場する歴史の古い国
・4世紀にキリスト教を国教化
・6世紀から14世紀は。ササン朝ペルシャ帝国
東ローマ帝国、イスラム帝国、テムールの支配下になる
・ロシア帝国とトルコとの闘いの結果、現在のジョージアは
すべてロシア帝国領
・1936年 ソ連邦の樹立でソ連共和国の一員となる
・1991年 ソ連邦の解体により独立
・2008年 南オセチア州を巡りロシアと紛争
ジョージアの主な観光場所と宿泊地
宿泊のホテル 一部の壁がはがれている
ホテルの部屋のベランダ
ホテルを午前8時に出発。メスティアを目指す。(予定では8時間かかる予定)
まずトビリシから北上して古都ムツヘタまでは片側2車線の高速道路
ムツヘタで左折して西にゴリを経由してクタイシの街で昼食。
さらに西に進みエングリ川近くで川沿いをメスティア目指して進む
高速道路沿いにも野花が咲く
■クタイシの昼食レストラン入り口
ここには飛行機場もある 2階で部屋で昼食
クタイシではたまたまフラワーマーケットが開かれていた
ムツヘタからは片側1車線の道路。雨が降ってきたが
道路の排水が悪くいたるところ水が溜まっている。
また、道路脇の草地で牛、豚、ヤギ、鶏、犬などが放し飼い
されているが、それが自由に道路に出没し、車がストップする
1987年建設のエングリダム
エングリ川をせき止めて造った
メスティアも近くなり標高も高くなり野花が咲いている
一面の白は野花です
19時メスティアに到着。結局11時間のバスの旅
メスティアのホテル。ここに2泊
メスティアあたりでは雨は止んでいた。ここはロシアとの国境近く
【6月16日】
5. ウシュグリ村(ヨーロッパの秘境) |
午前9時に4WDに分乗してメスティアからウシュグリ村をめざす
【ウシュグリ村】
メスティアから南東に45Kmの場所にある。
標高は2410m。ムルクメリ、チャザシジビアニ、チビビアニの
4つの村総称してウシュグリ村という。
スワネティ地方独特の搭状の建物が多い。村の人口は200人
ヨーロッパの秘境といわれている。
距離は45Kmだが、4WDで片道3時間かかる
本日は雨でコーカサスの山々は見えず
雨で道路はぬかるみ、崖からは落石もある
氷河が融けて流れ出た水が勢いよく流れている
休憩場所。車は4WD 高山植物が咲いている
木製の橋。ヨーロッパからの人がトレッキングで橋を渡っていった
放し飼いのヤギ
このような道を走る。右下は崖で川が流れて ウシュグリ村に入ってきた
いる。4WD1台がやっと通れる。
■ウシュグリ村の集落から少し外れた場所
で4WDを降りて、12時から雨の中
ウォーキング開始。標高は2400mを超えています
約1時間30分
シハラ山(5068m)を望みながらとなっているが
雨のためよく見えない
高山植物が咲いています
レブンソウ?
氷河が滑り落ちた
ハクサンイチゲ
シオガマ
コザクラ
4WDの車の中でピクニックランチを食べる
胡瓜1本、トマト1個、ゆで卵1個、パンなどが
ビニール袋に入っている。素朴なもの
ウシュグリ村
スュケジュール表にはウシュグリ村散策とあったが、写真撮影のみ
帰りも45Kmの道を約3時間かけてメスティアに戻る
メスティアの中心部到着16時50分
メスティアのホテルから氷河に覆われた スワネティの塔がある
コーカサス山脈が見える
【スワネティの塔】
城を構築する代わりに各家で外敵防御の
頑丈な塔を作った。2階へはハシゴで上がり
敵の来襲時はハシゴを外すことで2階以上の
侵入を防いだ
ライトアップされたスワネティの塔
【6月17日】
6. チャラディー氷河ハイキング |
メスティアのホテルを午前7時に4WDに分乗して、チャラディー氷河
に向かうハイキング開始ポイントまで行く
メスティアの街でも牛は放し飼いのため 野花が咲いている
車は徐行
氷河の置き土産モレーン中の道を行く
このつり橋がハイキングの出発点
午前7時40分スタート
最初は登りが続く 白山フーロのような花
シャクナゲ
見えているのは標高3300mの山
この奥には4000mを超える山
ムスカリに似ている
現地ガイドのティナさんと
彼女の話す日本語を理解するのは大変
標高3300mの山の頂上が見えた
午前9時20分。チャラディー氷河の折り返し点到着
下山開始
つり橋に到着
メスティアの街に到着
7. チャルトゥボへ(移動) |
午前11時メスティアの中心部に到着。昼食のピクニックランチを公園で食べる
ピクニックランチ 街の中から3000m4000m級のコーカサス
胡瓜、トマト、ゆで卵、チーズ の山が見える。山には氷河が
パンなど。たいへん素朴
公園横のコーヒーショプ。 メスティアの街は3000mを超える山
ここでコーヒー、アイスクリームを食べる に囲まれている
写真のバスがツアーで利用している
本日故障で別のバスとなった
■午前12時 メスティアをを出発して
チャルトゥボに向かう
エングリダムに到着 クタイシから離れたチャルトゥボの
ホテルに17時45分到着。
【6月18日】
8. アナヌリ教会へ |
ホテルを8時30分に出発。
幹線道路をムツヘタまで走る。ムツヘタから
ジョージア軍用道路を北上する
クタイシの街。ソ連時代の古い建物が残る
ところどころ改装されている
幹線道路でも牛の放し飼いで出会う 牛優先で車は徐行
クタイシとムツヘタの中間点の 各家の老朽科が進んでいる
ハッシュりという町
道路端の商店
このあたりはハンモックの産地。道端にハンモックを並べて販売している
道路の周りには野花はが咲いている
ムツヘタからジョージア軍用道路を北上
ジョージア軍用道路
ジョージアのトビリシとロシアのウラジカフカスを結ぶ
全長212Kmの道路。時代を超えて侵略者や貿易商によって
用いられてきた伝統的な経路。
このルートは太古より知られていた。1769年ロシアの
トートレーベン将軍による対トルコ戦役の時にはじめて軍事
利用された。近年、土砂崩れ等の自然災害で重要性は減少したが
2006年ロシアの国境封鎖が決定的となった。アルメニアは、
アゼルバイジャン、トルコと問題があり国境を封鎖している。
このため、アルメニアは、ジョージア経由ロシアルートが唯一の
輸出入のルート。このため、2013年アルメニアからの要求で
ロシアが国境を開放、ロシア・アルメニアの重要ルートに
なった。(注)近年アルメニアは、イランとの関係がよくなり
イランルートが開拓されている。
アナヌリ教会近くのレストランで昼食。ジョージア軍用道路沿い
レストランの池のカエル。鳴く際に、両方のほほに風船ができる
アナヌリ教会 |
アナヌリ教会は、17世紀初頭に創建された。典型的な要塞建築で
城壁と塔は堅固で城壁の入り口は狭く屈曲している。
城壁内には2つの教会がある
(1)山側にはイエスに捧げられた教会で17世紀初頭につくられた
(2)湖側には聖母マリアに捧げられた教会で1689年に建てられた
12世紀に建てられた鐘楼も残っている
1970年につくられた人造湖ジンヴァリ湖の畔にある
アナヌリ教会 駐車場から土産物の横を抜けていく
教会の壁は厚い。十字架の両脇に天使 入り口は狭い。上部にキリスト像
地獄絵(17世紀創建時のもの) 審判を受けるリストを受け取る
イエスキリスト 天使と地獄の使者が天秤にかける
血の川があり、天国へ行く人は
天使から衣服を渡される
1689年に建てられた
聖母マリアに捧げられた教会
9. カズベギへ |
アナメリ教会の標高は約1000m。ジョージア軍用道路を北上する
ここから標高は高くなり軍用道路の最高点2395mを超えてカズベギを目指す
カーブの多い山岳道路
ここは標高1900mのスキーリゾートのクダウリのスーパーマーケットで休憩
スキーリゾートの家屋が並ぶ
(1)友好の展望台 |
友好の展望台はジョージア軍用道路の標高2100mにある
ロシアとジョージアの友好200周年を記念1983年に造られた
現在ロシアとジョージアの関係はよくない。アルメニアから
の強い要望でロシアとの国境は開かれているが、ジョージの人
のロシア入国ビザは出ないそうです。
左半分がジョージアを、右半分がロシア
について描いている
中央の女性はロシアの愛を、子供は
ジョージアを表現している
下のプールの北東上部一体に白い 友好の展望台を下った場所が駐車場
米粒のようなものは羊の群れ すぐ脇をジョージア軍用道路が通っている
(2)十字架峠 |
ジョージア軍用道路の最高地点。標高2395m
十字架峠で ジョージア軍用道路をまっすぐ下ると
カズベギ
(3)鉄分の湧水 |
湧水に鉄分が溶けて流れている トンネルは冬季の積雪時に安全に
通行するためのもの
ジョージア軍用道路は通年通行できる
かなり下ってきてカズベギに近づき、山は黄色の花
が咲いているので全体が黄緑色です
このように黄色の花が咲いている
カズベギの村
(4)カズベギのルームズホテル |
カズベギの標高は1750m。17時30分に到着
カズベギホテルは中心部より少し高台にある
南側にはサメバ教会(2170m)やカズベギ山
が目の前に広がる
ホテルの部屋からの眺め
【6月19日】
10. サメバ教会へ |
朝日が雲の切れ間からスポットライトのように
緑の山肌を色づかせている
カズベギ山(標高5033m) サメバ教会(2170m)の山にも朝日のスポットライト
これがサメバ教会 カズベギの村を抜けてサメバ教会へ行く
ホテルのベランダで
(1)サメバ教会へ向け4WDでスタート |
■ ルームズホテルを9時に4WDに分乗して カズベギの村からは道は狭く悪路
サメバ教会へ向かう
サメバ教会まではかなりマッサージ効果がありそう
標高2100mを超えた場所で4WDから下車
下車した場所に咲いていた高山植物
(2)サメバ教会までウォーキング |
サメバ教会までウォーキング サメバ教会
(3)サメバ教会 |
(4)サメバ教会から下山 |
11. 古都ムツヘタへ |
カズベギの中心部を午前11時10分に出発
ジョージア軍用道路を通り古都ムツヘタを目指す
ソ連時代に温泉リゾートであった場所が 山肌に野花が咲いている
今は、廃墟化している
台地が野花でグリーンではなく黄緑に染まっている
谷間を十字架峠に向けて登る つづら折りで登る。友好の展望台も見える
■クダウリ(スキーリゾート地)のマルコポーロ
ホテルレストランで昼食(午前0時) ハクサンチドリ
ここ標高1900m
ハクサンチドリ
12. スヴェティツホヴェリ大聖堂 |
スヴェティツホヴェリ大聖堂には15時に到着
古都ムツヘタにある。紀元前4世紀イベリア王国の首都であった
ムツヘタでキリスト教が国教に定められ木造聖堂が造ら
れたのが起源。ジョージの中では、大きさと古さでは
群を抜く。現在の建物は1010年から1029年に建築された。
スヴェティツホヴェリとは「生きている柱」という意味
スヴェティツホヴェリ大聖堂 入り口
大聖堂の入り口
聖堂内部
16世紀のフレスコ画キリストが磔付け
にされる場面
ジョージアの王様のイコン 女王
大聖堂から駐車場まではお土産が並ぶ
スヴェティツホヴェリ大聖堂から丘の上に見える
ジュワリ聖堂へ向かう(16時10分発)
13. ジュワリ聖堂 |
ジュワリ聖堂着16:30
. ジュワリ聖堂はトビリシの北西20Km、クラ川左岸に位置する。
ムツヘタは、紀元前4世紀から1000年間イベリア王国の首都と
して繁栄。ジュワリ聖堂はジョージアの聖女「ニノ」が十字架
を建てたところ。ジュワ聖堂は6世紀半ばに建てられた。
ジョージアでもっとも神聖な場所。
ジュワリ聖堂に向かう 「ニノ」の十字架
スヴェティツホヴェリ大聖堂が見える
クラ川
トビリシへ向かう
14. トビリシへ |
トビリシ市内 地下鉄の入り口
市内中心部のスーパーマーケット
ロープウェーでソロラキの丘へ 未完のコンサートホール
ナリカラ要塞跡。4〜5世紀ごろ要塞として活用
平和の橋 川の手前が旧市街
金色の塔の教会はサメバ大聖堂
1995年〜2004年に建設
コーカサス最大の宗教的建物
IDセンタ(日本の市役所のようなもの)
旧市街 ジョージアの母の像
ジョージア市内のレストランで夕食
レストランから共和国広場近くのホテルへ
【6月20日】
15. トビリシの旧市街散策 |
トビリシ
ジョージアの首都で人口は140万人。
6世紀以降この地を支配した王朝はこの地に都をおいた
トビリシという名は、ジョージア語のトビリ「暖かいと
いう意味」に由来。旧市街は全域が歴史保存区域で、19
世紀の街並みが残されている。
中心部はタヴィスプレバ広場で18世紀以前の建物が
残っている
トビリシのホテル。最初の宿泊と同じホテル
ホテルを8時にバスで出発。旧市街を徒歩観光
(1)トビリシの旧市街散策 |
ハマム(公衆浴場) ハマムの入り口
温泉の温度は42〜45℃
歴史的保存地区 モスクもある
アルメニア教会
メヒテ教会
5世紀に建築。シルクロードのキャラバン 犬も放し飼いで大型犬が何頭も
隊を守る要塞も兼ねていた。ソ連時代は ついてくる。
監獄として利用、ゴーリキーも収監され
ていた
シナゴーグ。ユダヤ教の教会。 【TAMADA像】
ミサの最中で入れず ワインのカップを持つ、ジョージアの
宴会部長
紀元前7世紀の「ワインを飲む人」のレプリカ
■ シオニ教会
トビリシの旧市街の観光を終了。午前8時40分にトビリシを
出発してアルメニアとの国境に向かう
【ジョージアを出国し、アルメニアに入国】
陸路でジョージアからアルメニアに入る
場所はサダロフという場所
@ジョージアからの出国手続き
Aアルメニアの入国ビザの取得(団体での手続き)
一人ずつパスポートを受け取る
Bスーツケースを持って、手荷物検査を受ける
Cアルメニアの入国印をパスポートにもらう
ツアーメンバ全員がアルメニアに入国でき、スーツケースを
バスに積み込んだのち、運転手さんがチェックを受ける
今回、バスはジョージアからアルメニアは同じバスで
となったので運転手さんもパスポートチェツクが必要。
アルメニア
1.面積 2.98万Ku(関東地方よりやや小さい)
2.人口 310万人(横浜市は360万人)
3.首都 エレバン (人口は106万人)
4.通貨 ドラム(100ドラム=24円)
5.歴史 紀元前8世紀にはエレブニ要塞が築かれていた
ヨーロッパと中央アジア、インドを結ぶ交易路
の中継地として、アラブ、ティムール、オスマン
と侵略されてきた。1827年からロシアが占領・統治。
ロシアが1918年に崩壊し、アルメニア共和国として
ソ連邦に入る。1991年ソ連崩壊でアルメニア共和国
として独立。
アルメニアの平均標高は1800mで山岳国家
16. ハフパト修道院 |
アルメニアの道路案内人が1人つく。現地ガイドもアルメニア
の人と交代。
ジョージアも道路の路面が悪かったが、アルメニアは
それ以上に悪路。一応舗装はされているが、あちこちで
路面に穴がありバスはそれを避けて走るので時間がかかる
アルメニアの観光ルート
丘の上の塔がハフパト修道院 家の前の黄色いパイプはガス管
道路の舗装は穴だらけ、穴にアスファルト
を入れて補修工事をしていた
ハフパト修道院
ハフパト修道院はハフパトの十字架とも呼ばれる
991年に創建された。伝統的な木造建築と火山岩
の石造建築が融合したもので、ビザンチン建築様式
12時15分、やっと駐車場に到着
向こうの台地との間には深い谷が
あり簡単にはいけない ハフパト修道院
教会の内部 床の石板は1つずつが墓だそうです
ここが祭壇
図書館。敵が攻めてきた際は丸い穴に蔵書を投げ込み蔵書を守った
鐘楼
神学校の内。音響効果が非常によい
ハフパト修道院の近くのホテルレストランで昼食
17. セバン湖 |
ハフパト修道院から白い煙が見えていたアラヴェルディの銅山と精錬所
ソ連時代は1万人以上の人が働いていたが、独立後は、ソ連への輸出は
なくなり、現在は500人程度の人働いているそうです
広大な工場 住居のビルは廃墟のよう
山道をバスは行く。舗装はしているが穴だらけのろのろ運転
ポピーの花
トイレ休憩に立ち寄ったコンビニ 道路の前の草原は野花が咲いていた
途中の沿道にも野花
(1)セバン教会 |
セバン湖の半島の上に建つセバン教会に18時に到着。
ハフパト修道院を出発して4時間かかった。
セバン湖
セバン湖は標高1900mにあり、面積は1360Ku(琵琶湖の2倍)
流出する川は1本のため湖水の90%が蒸発している。
セバン教会
セバン湖畔にある9世紀に創建された複数の建物からなる
複合宗教施設。現在残っているのは聖使途教会と聖書の
物語が十字架を囲むように掘られているめずらしい
ハチュカル(十字架の碑)がある聖母教会
セバン教会はセバン湖の島の上にあったが、ソ連時代
大規模な灌漑事業と水力発電所が建設されたため
セバン湖の水量が大きく減少し、湖の水位が10m
低下して教会が建っている島が陸続きになった。
セバン教会とセバン湖。300段の階段を登る
神学校とカモミール
セバン教会は高台にあるので階段を登る
セバン湖からエレバンまでの道路はよく
整備されていた。イランとの交易路として
イランの補助で整備されている
エレバンまでは60Km、1時間で到着 首都エレバンの街がみえてきました
エレバンの街に入ったあたりで夕立が
あり、虹が出た エレバン市内のレストランで夕食
レストラン到着は20時10分
灯りがついた街(レストランの近く) エレバン市内のホテル到着は21時40分
【6月21日】
18. ホルヴィラップ修道院 |
ホテルを8時15分で出発
共和国広場、国会、外務省などの公官庁 片側2車線の道路で中央分離帯がある道路
高級ホテルが並ぶ 分離帯が切れた場所でUターンできる
(1)アララト山 |
アララト山
大アララト山(標高5137m)、小アララト山(標高3896m)
アルメニア民族のシンボル。旧約聖書に出てくるノアの箱舟が
たどり着いたとされる山として12世紀以降にヨーロッパ人に
命名された。アルメニアは1827年からロシアに占領され
ていたため、ロシアがソ連邦に変わってソ連とトルコ間で
1920年にセーブル条約を結びソ連がアララト山をトルコに
割譲した。このため現在もアララト山はトルコ領。
右が大アララト山(5137m)
左が小アララト山(3896m)
右下に見えるのがホルヴィラップ修道院
ホルヴィラップ修道院と大アララト山
(2)ホルヴィラップ修道院 |
ホルヴィラップ修道
創建は4世紀。キリスト教布教に努めていた
聖グレゴリウスが13年間も閉じ込められていた
ホルヴィラップ修道に向かう
ホルヴィラップ修道院 修道院の内部
聖グレゴリウスが13年間閉じ込められた地下牢に入る
垂直な階段を10mほど下る
地下牢の内部
一方通行です。
牢からの脱出です
ツアーのしんがりで脱出
(3)コウノトリの巣 |
このあたりの電柱にコウノトリが巣をつくり繁殖している
19. エチミアジン大聖堂 |
エチミアジン大聖堂
アルメニア正教の本山。4世紀初頭に基礎部分が築かれ
その後、増築が繰り返されてきた
大聖堂への門
右は、キリスト教の布教者、聖グレゴリウス
左は、ティリダテス3世。キリスト教を弾圧し
聖グレゴリウスを13年間地下牢に閉じ込めた。
重い病気になりキリスト教に改宗して治癒した 大聖堂は改修工事
し
大聖堂の入り口
大聖堂の内部
大聖堂に併設されている宝物庫を見る(ここは別料金)
【ロンギヌスの槍】
イエスキリストが十字架で磔付けにされた際
とどめの脇腹を差した槍。行方不明となった
この槍はゲガル修道院の洞窟で200年間
密かに保存されていた
【ノアの箱舟の木片】
アララト山の山頂に漂着したノアの箱舟を
さがして持って帰った木片
大聖堂の敷地内にあるバラ園
エチミアジン大聖堂のすぐ近くのレストラン
19. 文字公園とアラガツ山 |
アルメニア文字のアルファベットを展示している野外公園
ムクゲ
ここにも野良犬が放し飼い
アルメニアの最高峰アラガツ山(4090m) 火山爆発で頂上部分が吹きとんだ
20. ガルニ神殿 |
ガルニ神殿
エレバンから28Kmの町にある。
アルメニアに残る唯一のヘレニズム建築
紀元1世紀に建築された
17時10分ガルニ神殿に到着 ガルニ神殿
太陽神殿と呼ばれ。太陽が真上に来た時
下の階まで太陽が差し込む
アザットの谷
ストーンシンフォニーという名前で
世界遺産に登録
ローマ遺跡。石柱の下から温水がでて
石柱の上の床を温めた。ローマ風呂 ローマのモザイックタイル
21. ゲガルト洞窟修道院 |
ゲガルト洞窟修道院
ガルニ神殿から6Kmの場所にある
13世紀に創建された修道院
キリストの脇腹をさした聖槍の一部がここで
発見されたことに因み槍を意味するゲガルトの名が付いた
(参考)
十字軍遠征で確たる成果がない中、聖遺物を発見し
持ち帰ることで大きな成果となった。
それを聖遺物と信じるかは信仰の問題
18時にゲガルト洞窟修道院に到着 ここが入り口
修道院が岩と一体となっている 修道院内部
イエスキリストのイコン
ライオンとワシは王家の紋章
ワシが羊をつかんでいる ハチュカル(墓石)
聖水を汲んでいる
■ ゲガルト洞窟修道院近くの農家レストランに19時到着
農家レストラン入り口 中庭
【ラバッシュ】(種なしパン)の実演
そばや、うどんのように生地を薄く
のばす これを隣に投げる
生地を大きなアイロン台のようなもの
に合わせて延ばす 窯の壁にアイロン台ごと押し付けると
生地だけが貼り付く
焼きたてのラバシュはおいしい
21時30分過ぎのエレバン街
共和国広場にもたくさんの人
【6月22日】
22. エレバンからドーハ経由羽田へ |
午前1時ホテル出発 エレバン空港着1時20分
エレバンのチェックインカウンター エレバン発3:25。月が出ていた
ドーハ到着は6時10分。カタール航空がドーハ発の時間を繰り上げて
6時30分にしたため、出発ゲート到着時には最終案内
ドーハ空港で飛行機に乗り込む
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